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ヤコブへの手紙

今日は春の兆しを期待させる暖かな一日だった。
公園には一本の桜の花が咲いていた。せっかちな桜だったのかな?

東北にも早く春の暖かさが来るといいな。
寒いと身が縮まって、心も縮まるからね。

先日、予告の時から見たいと思っていた映画を見に行ってきた。
世の中計画停電、節電と叫ぶ中、映画はないだろう~(-_-;)と思いつつ。。。
いつも行く小さな映画館、営業しているのだからこれも経済活動の一環だ!ということで観てきた(^_-)

    20110324movieyakoba.jpg

「ヤコブへの手紙」
フィンランド映画 クラウス・ハロ監督


75分の短編映画 セリフも少なくあっという間にエンドタイトル

短いストーリーの中に色々なメッセージが詰まっている一作品だと思う。

恩赦によって刑務所から出てきたレイラという女性と盲目の牧師ヤコブ、そしてヤコブが待ちわびる手紙を届ける郵便配達人によって描かれるストーリー。

詳しい内容は省略(これから観る方もいますからね)


牧師ヤコブは牧師ですから「人の助け」の為に生きている。
でも、彼を必要とする人がぷっつりと途絶えてしまった時、彼は助けていたと思っていた人々によって自分が生かされていたという思いを感じるシーンがある。


人は人によって生かされているということを改めて感じさせられた。


今回の大地震によって「私も何か出来ること」と考えてはみたものの
被災地へ飛んで行って、現地の方々と直接触れ合って、直に何か出来ることは思い当たらない。
もちろん、ナップザックを背負って、ボランティア活動をすることだってできなくはないが、実際お邪魔にならずに役立つことはあるのだろうか?
経験も知識も持ち合わせていない私に出来ることといえば、今は節電と経済活動を絶やさないことと、義援金くらいなものだろう。

寒い部屋でも、現地の人のことを思えば、なんてことはないだろうなんて歌いながら重ね着している。

多額はできないけど、お店にある義捐金箱にちょこちょこ入れたり

そんな行動をしている自分が、自分の中に慈善をしている自分に満足してしまっているところはないか?
とどこかで思っていた。
偽善?

たぶんそんな気持ちも数パーセントある。

だって、自分の生活はしっかり守っていながら、ほんの少しだけお手伝いなんだもの。

そんな私の中の私を感じていただけに、このヤコブ牧師の落胆するシーンはたとえ聖職者といえども持っている人間像を感じてしまった。

私のような自己満足型の人間ばかりではない。

心からその傷みを感じて、現地へ飛んで行っている人はたくさんいる。

でも悲しいかな私はそうではないだろう。


ヤコブ牧師は最後笑顔を取り戻す。
それはやはり自分を必要としてくれた人に出会ったから。

救われる。

人を助けるという行動は、一方方向の働きではない。
人の助けになった時、その人の喜びからたくさんのものを頂く。
人は人によって互いに救いとなっている。

今、助けを必要としている人がたくさんいて、手を伸ばしているのなら、慈善?偽善?
どちらでもいい

結果、一人でも多くの笑顔が戻るのならね。


     20110329yamasitapark.jpg

今日の山下公園
私の目に映るものは平和ばかり
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横浜のはり灸師の日々オフブログ。

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